第3回「俺とおまえのプロジェクト」

 ある日塩尻安夫は、いつものように家族で集めた募金を村上に届けるために事務所を訪れた。ケニアの救援に携わって以来、ますます多忙になった村上と、今日も短い立ち話をして終わるのだろうと思っていた。

「ケニアはどうですか、その後。」

プロジェクトを始めてすでに7年が経過し、そしてまた、“ケニア救援活動の終結”が数ヶ月後に控えた時でもあった。

「救援には段階があるんや。困っている人のところに物資を届けるだけやない。お金も物も人材も、現地の人々によってまかなえる、自立した社会になるまでが救援やで。」

 塩尻は現地での活動に興味がないわけではなかったが、自分に五人の子供と、足に持病のある妻がいたことも、今まで日本にとどまっていた理由の一つだった。

村上はひとしきり、いつものマシンガントークでケニアへの熱い思いを話した後、言った。

「塩尻さん、アンタ、しばらく日本人やめて、ケニアに行ってみないか。」

 この言葉に押されるように、1989年塩尻は家族を日本に残し、初めてケニアを訪れた。それでもやはり、短期の赴任に留め、移住するつもりなど毛頭なかった。

 しかし、移住という決断へと背中を押したのは、他でもない妻・美智子の一言だった。

3ヶ月間のケニアでの赴任を終え、日本に帰国した安夫に、美智子は言った。

「お父さん、家族でケニアに行きましょう。お父さんがいない間に、誰かにケニアに行きなさいって言われた気がしたの。それも、何度もね。」

突拍子もない美智子の提案に、安夫は開いた口が塞がらなかった。子供たち五人の末っ子、吉太郎は当時まだ2歳だったからだ。しかし、美智子は決して冗談で言っているわけではなかった。美智子が一度決めたことは、テコでも動かない。それは夫の安夫がよくわかっていた。

 こうして塩尻夫妻は1990年、子供5人と共に、ケニアに移り住んだ。


ケニア移住当初の塩尻家族。メル国立公園にて 1990年

「誰がやめても、『俺とおまえ』だけは、ケニアの人々の幸せのお手伝いをしよう。」

村上はこう塩尻に話し、これまでとは違う“長期的な支援活動”を目的とし、1991年10月、NGOアフリカ児童教育基金の会ACEFを設立した。

そしてそれから24年もの間、村上はACEF代表を務め、塩尻をパートナーとして地域に根ざした活動を続けた。ケニアでの長い車移動や、食事の際に塩尻が村上へした何気ない話の中から、村上は羅針盤のごとくアドバイスや後押しをし、塩尻を勇気づける存在であった。

 また常々、「国の将来は子どもにかかってる。子どもの教育が一番大事やで」と言っていた言葉どおり、スタッフの子供達のために始めた小学校は、今ではエンブ郡450校中一位の成績を収め、入学希望者リストが100人を超えるまでに成長した。

 村上の口ぐせがある。
「いづれこの小学校から、ケニアの大統領を出そう。
大統領就任演説で
【現在、私がこの場所に立てるのは、ACEFがあったお蔭だ】
と言わせたいんや!」

 この思いは、現在の小学校のモットー「the Future Leadership starts now」に表れされている。

挨拶をする故・村上代表。後ろに塩尻所長。2000年頃

 村上は途中、がんによる大手術も経験し、術後3年生きれれば上出来、と言われていた病状だったが、その後10年、ケニアの人々のために尽力し続けた。手術直後から、毎年2〜3回ケニアと日本を往復していたのだから、家族や本人までもが本当にがんだったのか懐疑的になるほどだった。

そして2014年5月、アフリカにかけた情熱と魂をたくさんの日本人、ケニア人の心に残し、惜しまれながら76年の人生に幕を下ろした。

 村上の遺骨は、生前「俺が死んだら、直美ちゃんの横へ入れてや」と言っていた言葉通り、マキマのエイズ孤児院敷地内の墓地に、マラリアで亡くなった塩尻家の長女・直美とともに埋葬され、今もケニアの人々を見守っている。

 1981年に、“こどもたちの手紙”から始まったその思いは、36年(執筆当時)経った今もなお、塩尻安夫ケニア事務所所長、そして、現在ACEF代表を務める村上の長女へと引き継がれている。

********** さいごに ***********

この度、クラウドファンディングでの資金集めにあたり、ケニアで27年(執筆当時)支援活動を続ける塩尻親子を核に話を進めてまいりました。しかし私たちACEFの活動を紐解く時、1991年の設立から、さらにさかのぼる9年前より、故・村上忠雄氏が、ゼロから一つ一つ積み上げてきた重要な歴史を、切り離すことはできませんでした。

そして何より、1981年の活動当初からその支援活動を応援してくださった、たくさんの方々の温かい思いに支えられ、ケニアを思った村上は36年間、活動を続けてきました。

3回のシリーズでは納まりきらず、たくさんのことを省略した内容ではありますが、少しでもみなさまの心に、この“物語”が残れば幸いです。

最後に、村上忠雄氏への追悼と、長きにわたるご支援者さまへの感謝を込め、この場を借りて心よりお礼申し上げたいと思います。ありがとうございました。

今後ともアフリカ児童教育基金の会ACEFをよろしくお願いいたします。

(特非)アフリカ児童教育基金の会ACEF
クラウドファンディング実行委員会

2017.03.13

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